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発達保障講演会に行ってきました
今日は総合福祉センターで行われた
白石正久さんの
「発達をはぐくむ目と心」という講演会に行ってきました


とても温かなお話で
障害と言うよりは
すべての子どもの育ちのあり方に視線を向けるという感じのお話で
とても分かりやすく
感動的な講演でした


スライドを見ながら
一つ一つ丁寧に子どもの気持ちと発達について
語ってくれました


本当に
もっともっと聞きたいと言う内容でした


例えば「指をさす」ということ一つにも
指さしは大事だ  とは知っていても
こんなに深い意味があって
その時子どもはどう感じて
親や保育者はどう接するべきか
考えながら過ごしてはなかった


親が口に入れたものを
子どもは手で口から一度出して
見て確認してまた手で口に入れることの意味も


「子どもに迷惑をかけられることを
親や保育者はいとうてはならない」
その一つ一つに発達の重要なキーが隠されている
ということ
心にしみました


1歳半の壁がどれほど大事か…
というところで
私は
上の子が1歳半の頃は
仕事に必死で
子どもが起きる前に仕事に行き
子どもが寝てから帰るような生活で
この重要な時期に目を向けられてなかったな
と ちょっと後悔しました


どんな子どもでも
自己変革への願いがあるのだ
という気づきで
今日は子どもに優しくできました


折りしも
来月4月1日から障害者自立支援法が施行されます
この法律により
障害をもつ子ども、保護者、事業者に
様々な経済負担がかかってきます


それと
欧米では
25人学級が一般的です


日本では40人学級が実現されましたが
先進資本主義国で40人というのはめずらしい
その差の15人の子ども達はどうなるのか


もっと
人間のためにお金を使うべきではないのか


子ども達はもちろんのこと
先生の心身の健康の保障のためにも


本当にいろいろ考えさせられるお話でした



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【2006/03/19 22:58 】 | 発達障害 | コメント(4) | トラックバック(0) | page top↑
「発達障害を診る」の講演会に行ってきました2
「○○先生は自分のことアスペだっておっしゃるんです」
と言うと
「○○先生も怪しいけど
僕も自分は絶対アスペだと思う
だって僕は場の空気が読めないからー」
とおっしゃったので


そんなもんなんやー
と驚いたことがありました


6日の話に戻るけど


人間どの段階でもやり直しがきくし
それがいつでも いいんだけど


発達障害の場合出来るだけ早いほうがいいらしい



早く気づけば
本人を追い込んでいく要因が減ってくるってこと


だから
親の気づきの大切さ
ちょっと子どもの変わってるってことを
おおらかに認めるという側面をもちながら
疑問を持ったときには


専門家に相談する勇気
学校からのアドバイスに耳を傾ける勇気


が子どもを救っていく


親は子どもを愛している
だからこそ
「うちの子はそんなんじゃありません」
といって 信じることができない


幼少期のサインを見逃し
これが問題を先送りにしていく
それが本当の関わりを遠ざけているとも知らないで
だって
その子に応じた指導をしてあげたほうがいいでしょ


そして周囲が柔らかく受け止めれば
親のかたくなな思いこみも減っていく


だって誰だって危うい部分はもってるから
それを並べたときどこかで基準線を引いてるだけだから


その子の良さを否定することには
決してつながらないから  ね


3月19日
社会福祉総合センターでの講演
「発達をはぐくむ目と心」の申し込み今日しました
行ってきます
【2006/03/07 23:42 】 | 発達障害 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
「発達障害を診る」の講演会に行ってきました1
写真アリのブログと
写真ナシのブログとどっちが楽しい?って聞かれたら
私は絶対写真アリ~  って答える


外はサクサク中はジュワ~なんて書かれるよりも
その餃子の断面を写真で見せられるのがいいに決まってるよね


そのほうがよく分かるから


だから発達障害の子ども
(特に自閉性が強い子…つまり
聞いたことは理解しにくいけど
見ることは得意な子ども)に


優しい授業をすることは
どの子にとってもとてもいいことなんですって


発達障害でも発達障害でなくても
写真や絵、図とかを使って説明、指示する方が
わかりやすいんですよ


これは京都の研修で先生に教わったこと


大人だって
ほとんどの人が本より漫画とか雑誌の方を好むでしょ



6日の講演で印象的なものは


発達障害は男児が圧倒的に多い
だいたい4:1の割合


それと
自閉というのは特別なものではなく
人間は誰しも自閉的要素があって 
強いか弱いかの度合いの問題であること


「衝動性」や「不注意」、「こだわり」の強さ
ってホント誰にでもあるから


以前、発達障害の授業を受けた後
(アスペルガーとは簡単に言うと
言葉を話せる自閉症の仲間です)
先生に
「先生、私、アスペの診断基準を満たす項目がかなりあるんです」
といったら
先生が
「実はteteさん、僕は自分が絶対アスペだと思う
だって僕は貧乏揺すりしてないと落ち着かないし
数字の3に異様にこだわるんだー」


というので


別の発達障害の先生に


「○○先生は自分のことアスペだっておっしゃるんです」
と言うと
「○○先生も怪しいけど
僕も自分は絶対アスペだと思う
だって僕は場の空気が読めないからー」
とおっしゃったので


続く
【2006/03/07 23:12 】 | 発達障害 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
○○君のおかあさんへ
○○君のおかあさんへ


わかるけど
だめだよ
○○君も きっと生きたかった
命を奪っちゃいけない
自分の子どもでも
自分の持ち物じゃないから


わかるけど
だめだよ
自分の命も絶ったら 


今思うとね
○○君は発達障害だったんだよ
今だったら 特別の配慮をうける権利もあるんだよ
おばちゃんの育て方が悪かったわけじゃない
母子家庭のせいでもない
誰も悪くない
○○君の脳の前頭葉が微細にずれてただけ
先生のせいでもない
先生は知らなかっただけ


わかるけど
だめだよ
○村君もね
悪い子だっておばちゃん思ってたでしょ
我が子をいじめたって思ったでしょ
でも
○村君も発達障害だったんだよ
○○君とは全く逆のタイプだったけど


みんな知らなかったんだよ
そんな障害があるなんて
でも
「○村君より○○君が悪い!」
なんて先生に言われたら腹立つよね
私もそんなん 言われたこともあるからね
でも腹が立つからって
命を奪って言い訳じゃないし
命を絶ってもいいというわけでもない


おばちゃんは
学校を、先生を恨んだよね
私も昔は恨んだよ
だけど自分がそこで働いて
はじめてどれだけ大変で
一生懸命やってもやっても仕事がつきないか
良くしよう、良くしようと頑張っても
なかなか思いが通じないか わかった
先生の仕事ってどれだけエネルギーを必要としてるかね
きっと生徒からみるより実務だけでも10倍はある


だからもう先生のせいだなんて
短絡的なことは
言えなくなっちゃった


あれは小学校3年生の時だったからね
私もまだ幼かったし
おばちゃんがそこまで悩んでるなんて思わなかった
でも、おばちゃんの最後の言葉を今でも思い出すよ
そして○○君の様子も


小学生のクセにかなり自分を責めたからね
「あなたがいて
なぜ助けられなかったの!」
と言われるのもきつかったんやから


助けられるわけないじゃん
小学3年生の子どもに二人の命を
無理に決まってる




いろいろ きつかったけど
人生で学ぶべきテーマが人それぞれ決まっていると
気づいたとき
みんながいくつかのテーマをもって生まれてくるように
これは私のテーマのひとつなんだ って思ったよ


みんないろんなことある
人生の学ぶべきテーマが違うだけなんだ


さけられない出会いや事件を
悔やんでもしょうがない
それは私の人生に与えられた示唆
私が学ぶために天から与えられたチャンス


だって
おばちゃんのことがなければ
教師になることもなかったし、
深く考える機会も1つ減ることに
なるもんね


ホントはね
○○君もみんなと違っててもよかったんだ
どうどうとしてたらいい
誰のせいでもなかったんだよ
絶対おばちゃんのせいでないしね
”みんな違ってみんないい”


「個人」で物事をみるか
「集団」で物事をみるか
まだ今は学校や社会の大部分が
「集団」でみてるよね


小さいときは、
うちの子は寝ない
うちの子は食べない
うちの子は歩かない
うちの子はしゃべらない
なんて
ささいなことを親はものすごく心配しながら育ててきたのに


制服を着ると一気に
なんでもなかったように 
同じような子どもに見えちゃう
そして
ひとくくりの授業をうける


それも一つの経験で成長には必要なことだけど
そのステップが
順調に運ばない子どももいると言うことを
そしてそれが決して悪いわけではない
ということを
私は心にとめておこう


それでね
もちろん親として
親が努力するってのは必要なんだけどね


あえてそれ以上言うならば
先生は
「親の愛情…がどうこう
家庭がどうこう」
っていうのは禁句なんだ
それがプロ意識だと思っている


私はその意識をもって
仕事を出来ただけでも
本当にラッキーだった
だって、人間は強いようでも弱いし


親は親であるというだけで
一生懸命だからね


言葉一つが
人の命を奪うのって
悲しいほどに簡単だからね


おばちゃん
教えてくれて
ありがとう


また、あした
発達障害の講演会に行ってきます
いっぱい勉強してくるからね
おばちゃんもそっちで修行してね







【2006/03/05 23:51 】 | 発達障害 | コメント(3) | トラックバック(0) | page top↑
発達障害について理解する
午後から志度の音楽ホールに
発達障害の講演会に行ってきました

今日は一般向けの講演会で
支援者、教員向けの講習は6日夜にあります
(6日も出席予定でーす)


講師の先生は大学時代の恩師で
今は発達障害のスペシャリストとして活躍されています


先生の話では
文部科学省の実態調査によると
通常学級(養護学校や障害児学級をのぞく普通学級)の
実に6.3%
つまり、40人学級のうちの2~3人の子どもが
特別な支援が必要である  
とのことでした


だから、一見普通の子どもに見える子どもに対しても
その子どもの「生きにくさ」
その部分を理解し
みなで支援、育てていく必要があるのですよね きっと ね 先生


発達障害は


自閉症・アスペルガー症候群・その他広汎性発達障害
学習障害・ADHDなどの脳機能障害で
通常低年齢で発現するものだそうです


今までは制度の隙間にあって
正しく理解されず
「本人の性格」や「親のしつけや愛情不足」などと誤解され
正しく理解されないが故に
本人を傷付けるばかりでなく家族にも苦痛を与え
正しい対応が迅速に行われていないケースもありました


正しく理解してその子、その子に応じた指導をしていこうという
先生もたくさんいます
そして、子どもを悪くしてやろう
なんて考えている先生は
一人もいません
睡眠時間を削り、家族を犠牲にし
熱意やものすごい努力で日々仕事をしている人が
ほとんどです
でも、正しい知識がないと指導の方向が
ずれるということもあります
でも現場では、そういう正しい知識をもった先生が
職員室で浮いてしまうこともしばしば
悲しいことに


発達障害の正しい認識が低い先生は
やっぱり本人の性格や親の育て方と思っている人も
いまだに
少ないとは言えない
本当に… です!


といっても
私も発達障害・特別支援について勉強を深めたのは
一昨年の夏、京都で1週間ほどの研修を受けてからです


それは養護学校免許を取るための
特別支援の短期集中特訓で
(その後、私は退職することになってしまったから
養護学校免許も取ったはいいけど
現場で活かすことは出来なかったけどね)
心身共にハードなセミナーだったけど


関心を同じくする先生の友達が全国に出来て
本当に熱い刺激になりました


また、自分の発達障害に対する認識が
いかに甘いものであったかを
思い知ることになりました(反省)


特別支援法が実施されたのは
今年度から
です

だから
教育現場にいるすべての人が
発達障害について理解できていないのも
しょうがない
でも、しょうがないでは済まない
子どもは一秒一秒成長しているのだから…


早く現職教育・研修を実践してもらいたい

そして
教師や親の関わりはもちろんのこと
社会的啓蒙がどれだけ大切かを
とてもとても強く感じました

ということで、初年度の段階で
このようにスペシャリストを招いて
講習をしてくれる
さぬき市って
すごいのかも


6日
先生が支援者・教育者向けにどのようなお話をされるのか
楽しみにしています
【2006/03/03 19:14 】 | 発達障害 | コメント(3) | トラックバック(0) | page top↑
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